トピックス

数学科

調和関数と凸解析

西尾昌治

 調和(ハーモニー)という言葉は音楽ではよく耳にしますが,数学においてもしば しば使われてきました.たとえば,調和平均や調和級数などは聞いたことがあろうか と思います.

 さて,私は数学の中でも特にポテンシャル論を専門に勉強していますが,それは基 本的には「調和関数」を研究する学問です.ここで,調和という言葉が出てきましたが, 調和関数とはラプラス方程式とよばれる微分方程式をみたす関数のことです.一変数 の調和関数は一次関数です.これをここでは上に凸であり,かつ下に凸である関数と 考えることにします.次に,二変数の調和関数を考えますが,これは複素数と密接な 関係があります.多項式関数,三角関数,指数関数といったなじみの関数は自然に定 義域を複素数に拡張できます.それらの関数は非常にいい性質を持つので,正則関数 とよばれていますが,それらの実数部分や虚数部分をとると調和関数になります.こ の場合,上と類似の言い方をすると調和関数は優調和かつ劣調和な関数であるという ことなります.ここで,「優調和」や「劣調和」は「上に凸」や「下に凸」を弱めた概念で, ラプラス方程式の等号を不等号にしたものをみたす関数のことです.さらに三変数以 上になるとニュートンポテンシャルとよばれる関数が現れてきます.

 さて,調和関数についての研究にもいろいろな側面がありますが,ここでは凸性に 関連したものを紹介します.個々の関数ではなくその集まりを考えるわけですが,こ こでは,ある定義域上の非負値調和関数全体の集合を考えます.するとそれは凸集合 かつ錐になります.一般に無限次元になりますので,ちょっと想像しがたいかもしれ ませんが,錐は無限にのびていて頂点は 0 という定数関数です.そして底面にあたる 図形(これも凸集合になります)は,四角形ではなく三角形や四面体のような単体 とよばれる性質を持ったものになります(ショッケ単体とよばれています).ここで, 調和関数だけでなく非負値優調和関数全体を考えますと,もとの定義域が自然にその 中に埋め込まれています.これを逆に見て最初に考えた定義域に「境界」(マルチン境 界とよばれていま・キ)が定義されたと考えることができます.例えば,円板を定義域 にした場合マルチン境界は円周ですが,一般にどうなるかは今なお不明です.フラク タル状の複雑な境界をもつ領域でこの「境界」がどうなるのかについては日本人数学 者の深い一連の研究が進行中です.

 また,近代ポテンシャル論では調和関数の概念もラプラス方程式から離れて一般化 されてきています.私は熱方程式に関連した「マルチン境界」についての考察を続け ています.この場合上に述べた一般論がまだ私にとって未完成の状態で,どうしたも のかと思いを巡らしているうちに気付けば 20 年以上もうすぐ 30 年になります.光陰 矢の如しとはよく言ったものです.最後に,最近知った凸性に関する不等式 を書いておきます.

f ( x ) + f ( y ) + f ( z ) 3 + f ( x + y + z 3 ) 2 3 [ f ( x + y 2 ) + f ( y + z 2 ) + f ( z + x 2 ) ]

連続関数の凸性を特徴付ける Popoviciu の不等式


ポテンシャル論の研究に生涯を捧げ
た盲目の数学者 Aurel Cornea の
墓碑に記されているラプラス方程式

物理学科

宇宙初期の解明につながる新たなニュートリノ振動を観測

山本 和弘

 宇宙初期のビッグバンにより物質と反物質が同数作られたにも関らず、何故現在の宇宙は物質だけでできていて反物質が無いのか、その謎を探る重要な一歩が、ニュートリノ振動と呼ばれる現象の測定から得られました。ニュートリノ振動は、電子型、ミュー型、タウ型の3種類がある素粒子ニュートリノが飛行中にある種類から別の種類へ変化する現象ですが、その中でもミュー型から電子型への振動現象の存在が、宇宙の謎の解明に不可欠であることがわかっています。この振動現象の発見を目指して、我々の研究室では、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)で生成したミュー型ニュートリノを、295km離れた岐阜県神岡町のスーパーカミオカンデ検出器で観測することにより、ニュートリノ振動現象を極めて高い感度で測定するT2K実験(Tokai-to-Kamioka)を国際共同研究として行っています。

 T2K実験は2010年1月に開始されました。その後1年にわたって収集されたデータを詳細に解析した結果、J-PARCから届いたニュートリノをスーパーカミオカンデ内で88事象検出し、そのうち6事象が電子型ニュートリノであると結論されました。ニュートリノ振動による電子型ニュートリノ出現現象以外の過程により電子型ニュートリノとして検出される背景事象の数を、計算機シミュレーションを用いて求めたところ、1.5±0.3が得られました。今回の6事象が背景事象の統計揺らぎの偶然により観測される確率は0.7%しか無く、これは電子型ニュートリノ出現現象の兆候を示す世界初の成果といえます。図1は観測された6事象の電子型ニュートリノのエネルギー分布で、データ(黒丸)は電子型ニュートリノ出現があると予想した場合(赤)を強く示唆しています。図2は、スーパーカミオカンデで観測された電子型ニュートリノ事象の1つで、電子型ニュートリノが水と反応してできた電子が、チェレンコフ光と呼ばれる特殊なリング状の光を放出した様子を捉えたものです。

 今回の成果は、英国物理学会(IOP)が選ぶ2011年の物理学におけるブレークスルー・トップ10にも選ばれ、世界から高い評価を得ています。(研究の詳細は、Phys. Rev. Lett. 107, 041801 (2011) を参照下さい。)

図1:スーパーカミオカンデで測定された電子型ニュートリノのエネルギー分布

図2:スーパーカミオカンデで観測された電子型ニュートリノ反応事象

化学科

新規活性化学種「多価分子イオン」

八ッ橋知幸

 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業“さきがけ”は、公募により選考された“個人の研究提案”を様々な機関やバックグラウンドの研究者と交流・触発しながら推進するユニークな事業です。理学研究科からはこれまでに手木、谷垣、塩見、山子、八ッ橋(化学)、橋本(物理)、宮田(生物)が採択されています。私が属する「光の利用と物質材料・生命機能」領域には国内外問わず理学、工学、医学、薬学と様々な分野から「光を使い尽くす」をキーワードに40名の研究者が集いました。年に数回行われる合宿形式の領域会議(英語)では、異分野研究者同士の激しい“異種格闘技戦”と呼べる濃密な時間を共に過ごすほか、一年を通じて分野別のミニ領域会議が自主的に行われています。現在、「高強度レーザーによる超多価イオン生成と新規化学反応の開拓」を目指して研究をすすめています。分子から複数の電子を取り去ると多価の分子イオンになりますが、極めて不安定で通常は瞬時に分解します。そのため諸物性はほとんど知られておらず、理論的な研究もほとんどありません。しかし、多価分子イオンは極端な電子不足、複雑な多重度・光遷移、価数依存反応という、従来の化学種にはない様々な特徴と応用が期待できる新規活性化学種です。これまでに高強度超短パルスレーザーを用いて、世界最小の4価分子イオン(C2I24+)の生成に成功しました!三重結合に関与するπ電子を全て失っても存在する極めて異常な種を発見したといえます。新規化学反応の開拓と呼べる展開にはまだまだ長い道のりがありますが、“さきがけ”では最初の研究提案からのブレは絶対に許されません。最初に提案した、一見達成不可能な課題をあくまで推し進めて“さきがけ”ることが最重要視されます。これからもブレることなく、近い将来教科書に載る価値のある“理学”研究を推し進めます。

多価分子イオンを生成するのに必要な高強度超短パルスレーザー(30 fs、15 mJ)の心臓部

生物学科

酵母の新種を人工的に創った!

下田 親、中村太郎

 ヒトやチンパンジーといった「生物種」はどのようにしてできたのでしょう?このダーウィン以来の生物学の大問題については様々な説が浮かんでは消えました。ひとつの有力な説は、「生殖隔離」です。ある生物の集団内で多数を占める雄、雌とは交配できなくなる少数の個体が生じたとしましょう。これらの雄もどきと雌もどき同士が交配して子孫を残すことができたら、大集団とは隔離した生殖集団が生じることになります。これが生殖隔離です。この隔離された集団が新しい種になるという考え方です。

 酒造りの主役である酵母にも二つの性があり、異性間で交配して子孫を作ります。酵母は細胞外に性フェロモンを分泌して異性を刺激します。フェロモンが異性の細胞表層にある受容体というタンパク質と結合すると、その細胞は興奮して交配に入ります。フェロモンが正しく受容体と結合できないと性的交配はできません。つまりフェロモン分子と受容体の分子認識が酵母の有性生殖の基盤になっています。

 フェロモンと受容体の構造は遺伝子により決まっていますから、これらの遺伝子を操作することにより、フェロモンと受容体の構造を変えることができます。そこで、私たちは9個のアミノ酸からなる短いペプチドである性フェロモンのアミノ酸配列を遺伝子操作により変えて正常な酵母の受容体タンパクが認識できない変異型フェロモンを作りました。次に、受容体タンパク質を人工的に改変して変異型フェロモンを認識できるようにしました。この改変した受容体はもはや正常な性フェロモンは認識できませんでした。こうして相互認識できる変異型のフェロモンと受容体をもつ突然変異体が得られました(図)。これらの変異型の異性細胞間でも正常型とほぼ同じ頻度で交配が起こりましたが、変異型と正常型の間では遺伝子の交換は1千万匹に1つという低頻度でしか起こらないことを確かめました。

 このように、私たちは遺伝子操作により、酵母の生殖隔離集団を試験管内で作出することに成功しました。これまで、昆虫などで提唱されてきた「性フェロモン系の変化が原因となり種が分岐したのではないか」という仮説が、酵母を用いて実証されたわけです。生殖隔離された変異型酵母は“新種”と定義できますから、私たちは人工的に“新種”を創造したと言ってもよいのかもしれません。あらゆる実験生物で、このような報告はなく、酵母での成功は世界初と言えると思います。

 酵母ほど自由に遺伝子操作はできませんが、同様の試みは性フェロモンが知られている昆虫などでも可能でしょう。私たちは創った新しい生殖群と正常生殖群からなる混合集団を長期間培養し、2つのグループの間に何らかの遺伝的な差異や目に見える違いが生じるかどうかを調べる試験管内進化実験を計画しています。

図:酵母の新種を作る戦略図。野生型と変異型の生殖集団内ではエンドウ豆のような接合細胞が見られるが、異なる生殖集団の細胞どうしでは見られない。

地球学科

地下深部の塑性剪断帯:内陸地震の発生機構を解くための鍵

奥平 敬元

 2016年4月14日・16日に熊本県熊本地方で発生し最大震度7を観測した熊本地震は,1995年1月17日の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)と同規模の大地震となりました.これらは活断層である日奈久断層や布田川断層の活動によると考えられており,震源の深さはそれぞれ11kmと12kmでした.気象庁マグニチュードは6.5と7.3であり,16日の地震のマグニチュードは内陸型地震としては観測史上最大となりました(平成28年(2016年)熊本地震の関連情報,気象庁).

 熊本地震のような内陸型地震は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のような海溝型地震とはその発生機構や発生周期が異なり,海側プレートの沈み込みに伴う陸側プレートの弾性注1)歪みの蓄積・解放といった過程で説明することが困難です.

 地殻の強度は,断層面の摩擦すべりと塑性注2)変形の兼ね合いで決まり,地殻の上部(~15kmより浅い部分)は摩擦すべりが支配的となり,地殻の下部(~15kmより深い部分)は塑性変形が卓越します.地殻の強度は上部と下部の境界(脆性?塑性遷移境界)で最も大きくなり,地震の発生はこの境界より少し浅いところに集中し,熊本地震の震源もこの領域でした.

 陸側プレートに発生する弾性歪みは,基本的に海側プレートの沈み込みによるものであり,これは海溝型地震の発生で解放されます.海溝型地震の周期は内陸型地震の周期よりも一般に短いため,この過程では内陸型地震を起こす断層(起震断層)に歪みは蓄積されません.よって,何か違う過程で起震断層に歪みを蓄積させる必要があり,その最有力候補が起震断層の深部延長である「塑性剪断帯」です.

 塑性剪断帯は岩石の塑性変形の結果であり,変形により蓄積された塑性歪み(永久歪み)が内陸地震を発生させると考えられ,近年研究が盛んに行われるようになってきました.しかし,地下深部に発達する剪断帯は直接観察することができないため,実際どのような過程で形成・発達するのか不明でした.

 6億年前に地下深部で形成された塑性剪断帯が広く露出しているノルウェー北部において調査・解析の結果,剪断帯の形成・発達過程の詳細が明らかになりました(ノルウェーは氷河によって地表が深くえぐられ,緯度が高いために植生も悪いので,地下深部の岩石を新鮮な状態で観察することができます).その過程とは,(1)地殻の深部(~20km深度)において,破壊によって岩石を構成している鉱物の粒径が著しく減少する,(2)破砕された部分にH2O 成分に富んだ流体が侵入し吸水変成作用が起きる,(3)破砕・変成作用によって形成された細粒鉱物が粒径依存型クリープにより変形する,というものでした.岩石の塑性変形は,構成鉱物の粒径に依存し粒界におけるすべりや拡散に律速された変形である粒径依存型クリープと,依存しない粒径非依存型の転位クリープ(結晶内の転位のすべりによる変形)に大きく分けられます.粒径依存型クリープは転位クリープに比べて数桁程度粘性率が低くなるため,粒径依存型クリープで変形している塑性剪断帯は周囲に比べ桁違いに大きく変形します.このような過程によって起震断層の深部延長が粘性率の低い塑性剪断帯となり塑性歪みを蓄積する過程が内陸地震の発生過程において重要であることが明らかとなりました.

     注1) 応力を加えると,それに比例して歪む性質のことで,応力が取り除かれると歪みはゼロとなる.

     注2) 応力を加えると,永久歪みが生じる性質のことで,応力と歪み速度に比例関係がある.

図:ノルウェー北部に発達する塑性剪断帯の偏光顕微鏡写真.下1/3が塑性剪断帯で上2/3が母岩の斑れい岩.母岩中の白黒の鉱物は斜長石で,黄褐色の鉱物は輝石であり,これらは著しく破砕されています.剪断帯は細粒(10-20μm)の斜長石や角閃石から構成されており,流動変形の様子が見て取れます.

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