トピックス

数学科

線形代数と環と表現論

河田成人

 数の持つ重要な性質の一つに、加法や乗法な どの代数演算があり、結合法則(下図を参照) や分配法則(下図を参照)などの計算法則が成 り立っています。このような代数演算と計算法則 は多項式をはじめとする関数や行列・ベクトルな ど数学的対象において広く見受けられます。現 代数学では演算と計算法則の役割の重要性が認 識されており、その性質を一般化した「環」とい う概念が確立されています。例えば、整数全体 の集合や多項式全体の集合を、演算に注目して 代数的性質を強調して取り扱いたいときには、 それぞれ整数環・多項式環と呼び習わします。

 環を研究するとき、環の性質に深く関わってい るイデアル(下図を参照)と呼ばれる部分集合が 重要な役割を果たします。イデアルは加法乗法 ができる環としての性質を持ち合わせているだけ でなく、もとの環からの作用も受けています。そ のため、イデアルは環の内部構造における枠組 みの基準になるものとして位置付けられ、環の 代数的構造を記述するために活用されています。 環の内面的な構造とも言えるイデアルの性質を 一般化すると、「環が作用する加群」という概念 に至ります。環が作用する加群の全体がなすカ テゴリーを考察することで、環を外面的にもより 深く研究することができます。

 ところで、環のなかには、ベクトル空間の性質 を持つものが多くあります。例えば,行列全体 がなす行列環や多項式環は、加法と定数倍が自 然に備わっているのでベクトル空間とみなすこと ができます。これらのようにベクトル空間の性質 を併せ持つ環を、多元環と呼びます。多元環が 作用する加群は自然にベクトル空間とみなすこと ができて、特に表現加群と呼ばれます。ベクトル 空間の性質を兼ね備えた表現加群を利用すれ ば、多元環を行列で表現することが可能となり、 抽象的になりがちな多元環を具体化して考察で きるようになります。さらに線形代数で総括して 統一的に研究すれば、様々な多元環を互いに比 較検討することもできるようになります。このよ うに線形代数の考え方を駆使する手法は表現論 と呼ばれて、活発に研究されています。

 大阪市立大学の代数学研究グループでは、環 論研究の伝統があり、現在では表現論を中心に盛 んに研究が進められています。私は有限群から正 標数の体を係数として構成される群多元環のモ ジュラー表現を、いわゆるAuslander-Reiten理 論を通して研究してきました。最近は完備離散 付値環を係数環とする群整環の整数表現にも関 心を持っています。そして幸運にも、興味深い 性質を持つ表現加群に出会うことができました。


ラテン方陣(位数 12 の有限群の乗積表)

物理学科

重力波の発見と日本のKAGRA検出器

神田展行・田越秀行

 重力波はアインシュタインの一般相対性理論で予言されていた、時空のゆがみが波動として光と同じ速度で伝搬する現象で、1916年にアインシュタイン自身により存在が示唆されていたものです。極めて微弱なため、これまで直接検出されていませんでした。

 しかし、2016年2月、アメリカのLIGOグループは2台の検出器により重力波を初観測したことを発表しました。その重力波事象は、LIGOの検出器に到来した日時である2015年9月14日から、GW150914と命名されました。ついに人類が初めて、重力波を直接に捉えたのです。しかも,今回の重力波は、これまで観測的には存在が確認されていなかった、ブラックホールの連星の合体によって発生したものでした。その後、2015年12月に到来したイベントGW151226も発表され、これもまたブラックホール連星からの重力波でした。重力波の発見は、物理学史上に残る大成果であり、同時に人類が宇宙を観測するための新しい目(あるいは耳)を手に入れたことを意味します。重力波が関係する宇宙現象(超新星爆発、ガンマ線バースト、中性子星、インフレーション宇宙、…)の解明が期待されるだけでなく、重力理論の検証やブラックホールの性質の解明により、理論物理学へのインパクトも大きいと考えられています。

 重力波検出実験は多くの大学や研究機関の共同研究として推進されており、日本では、東京大学宇宙線研究所を中心として重力波検出器KAGRAを岐阜県神岡鉱山内に建設しています。重力波の到来方向を決定するには3台以上の検出器が必要であり、重力波天文学を進めるためにKAGRA検出器が果たす役割は極めて大きく、国際的にもKAGRA検出器の完成が待ち望まれています。

 大阪市立大学・理学研究科・数物系専攻の重力波実験物理学研究室(神田展行教授,田越秀行准教授)は、KAGRAの主要グループの1つであり、重力波天文学において最も重要な、観測データ解析の中心を担っています。今年3月と4月のKAGRAの試験運転では、本学の研究室に設置された計算機にリアルタイムでKAGRAのデータが転送され、研究室のメンバーはデータ解析や、現地神岡での実験シフトにも携わりました。KAGRAは2017年度中には本格運転を予定しています。KAGRAの観測が開始されれば、大阪市立大学から、その観測成果を発信すべく、研究を進めています。

化学科

環境にやさしいクロスカップリング反応を目指して

佐藤哲也

 クロスカップリング反応は、開発に関わられた鈴木先生、根岸先生、ヘック先生が2010年にノーベル化学賞を受賞されたことで一躍有名になりましたが、パラジウムを始めとする遷移金属触媒を用いて、芳香族ハロゲン化物と有機金属試薬あるいはアルケン等とのカップリングを行うための極めて重要な合成手法です。特定の位置で容易に炭素-炭素結合形成を行えるため、医農薬の中間体や発光体や有機半導体等に利用さ れるπ共役分子の合成に広く用いられています。しかし、カップリング段階において金属塩を含む大量の廃棄物(下図のMXやBase・HX)が出るため、その軽減化が世界中で研究されています。芳香族基質をハロゲン化物や金属試薬等へと変換することなく、炭素-水素結合切断を伴う直接カップリング反応が行えれば、廃棄物も軽減できると考えられます。私たちは、独自に開発した3価ロジウム触媒を用いると、安息香酸やベンジルアルコールを始めとする様々な芳香族基質とアルケンやアルキンとの、炭素-水素結合切断を伴う直接カップリング反応が、効率よく行えることを世界に先駆けて見出しました。このタイプの直接カップリングでは、酸化剤の添加が必要ですが、銅助触媒存在下では最終酸化剤として空気を用いた場合にも反応はスムーズに進行しますので、廃棄物が水のみの、環境にやさしい次世代型クロスカップリング反応と言えます。反応の適用範囲は広く、様々な芳香環や複素環をもつ基質と、多様な不飽和化合物間での直接カップリングが可能です。さらに最近では、炭素-炭素結合だけでなく、炭素-酸素や炭素-窒素結合形成にも有効であることを明らかにしました。現在、この新しいクロスカップリングを用いて、役に立つ様々な機能性分子の合成を行っているところです。

廃棄物を軽減した環境にやさしいクロスカップリング法

生物学科

ラオスのカワゴケソウ科植物で見つかった著しい形態的多様性

厚井 聡

「植物」と聞くと、根・茎・葉をもち、根で土壌から栄養素と水分を吸収し、枝先に広げた緑色の葉で光合成を行い、枝に花を咲かせた姿を思い浮かべるのではないでしょうか。この基本的なボディプラン(体制)を打ち破って特殊な環境に適応した分類群の1つがカワゴケソウ科です。この植物は、滝や河川の早瀬といった急流中の岩に固着して生育します(図1)。熱帯・亜熱帯の雨季と乾季がはっきりした地域に分布し、水位の高い雨季は水没して生育し、乾季になり水位が低下すると空気中に現れ、花を咲かせ結実して種子を散布し、最後は枯れてしまいます。この特殊な生育環境には、カワゴケソウ科以外の植物は進出できていません。

 カワゴケソウ科のおもしろいところは、上記のような生育環境に適応することによって劇的な形態進化が起こったところにあります。他の被子植物と大きく異なり、カワゴケソウ科は根が岩に固着して伸長し、根から茎・葉を生じるというボディプランをもっており、この特異なボディプランは科の中でさらに多様化しています。カワゴケソウ科がもつボディプランの多様性がどのように進化してきたのか解明するためには、どのようなボディプランをもった種がカワゴケソウ科には存在するのかを明らかにし、その系統関係を探る必要があります。

 近年、私たちはラオスで調査を行ってきました。ラオスは、カワゴケソウ科の種多様性が極めて高いタイの北東に隣接します。私たちの調査以前は、ラオスからは4属7種のカワゴケソウ科が知られていました。しかし、計9回の野外調査の結果、16新種を含む9属35種が分布していることが明らかとなりました。この数はタイ(10属49種)についで東南アジアで2番目の多さになります。

 特筆すべきは、首都ビエンチャン周辺で見つかったカワゴロモ属およびその近縁種の著しい形態的多様性です。ハイドロディスカス(Hydrodiscus)属が根を欠き浮遊するシュート(茎・葉)のみからなるボディプランをもつことが明らかになったほか(図2)、これまで扇状の根をもつ種のみ知られていたカワゴロモ属から糸状や帯状の根をもつ新種が見つかりました(図3~5)。また、糸状の根が浮遊しているタイプの種や(図6)、短縮したシュートではなく、長く伸びたシュートをもつ種も見つかりました(図7)。さらに、実生においても双子葉から単子葉へと繰り返し進化が起こっており、非常に狭い地域で著しい形態の多様化が起こったことが明らかとなりました。しかし、なぜこの地域でこのような種分化が起こったのかは分かっていません。

 今後は、ビエンチャン周辺で起こった形態の多様化のメカニズムについて研究を進めていきたいと考えています。さらにタイ・ラオスの近隣地域で調査を行い、東南アジアのカワゴケソウ科の多様性の全貌を明らかにしていく予定です。

図 ラオスのカワゴケソウ科植物。
1.滝や河川に生育(Tad Pha Suam); 2.根をもたずシュート(茎・葉)が浮遊するカワゴロモ属の近縁種(Hydrodiscus属); 3.糸状の根をもつカワゴロモ属(結実後の植物体); 4.帯状の根をもつカワゴロモ属; 5.扇状の根をもつカワゴロモ属; 6.浮遊した根をもつカワゴロモ属; 7.伸長したシュートをもつカワゴロモ属。

地球学科

地下深部の塑性剪断帯:内陸地震の発生機構を解くための鍵

奥平 敬元

 2016年4月14日・16日に熊本県熊本地方で発生し最大震度7を観測した熊本地震は,1995年1月17日の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)と同規模の大地震となりました.これらは活断層である日奈久断層や布田川断層の活動によると考えられており,震源の深さはそれぞれ11kmと12kmでした.気象庁マグニチュードは6.5と7.3であり,16日の地震のマグニチュードは内陸型地震としては観測史上最大となりました(平成28年(2016年)熊本地震の関連情報,気象庁).

 熊本地震のような内陸型地震は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のような海溝型地震とはその発生機構や発生周期が異なり,海側プレートの沈み込みに伴う陸側プレートの弾性注1)歪みの蓄積・解放といった過程で説明することが困難です.

 地殻の強度は,断層面の摩擦すべりと塑性注2)変形の兼ね合いで決まり,地殻の上部(~15kmより浅い部分)は摩擦すべりが支配的となり,地殻の下部(~15kmより深い部分)は塑性変形が卓越します.地殻の強度は上部と下部の境界(脆性?塑性遷移境界)で最も大きくなり,地震の発生はこの境界より少し浅いところに集中し,熊本地震の震源もこの領域でした.

 陸側プレートに発生する弾性歪みは,基本的に海側プレートの沈み込みによるものであり,これは海溝型地震の発生で解放されます.海溝型地震の周期は内陸型地震の周期よりも一般に短いため,この過程では内陸型地震を起こす断層(起震断層)に歪みは蓄積されません.よって,何か違う過程で起震断層に歪みを蓄積させる必要があり,その最有力候補が起震断層の深部延長である「塑性剪断帯」です.

 塑性剪断帯は岩石の塑性変形の結果であり,変形により蓄積された塑性歪み(永久歪み)が内陸地震を発生させると考えられ,近年研究が盛んに行われるようになってきました.しかし,地下深部に発達する剪断帯は直接観察することができないため,実際どのような過程で形成・発達するのか不明でした.

 6億年前に地下深部で形成された塑性剪断帯が広く露出しているノルウェー北部において調査・解析の結果,剪断帯の形成・発達過程の詳細が明らかになりました(ノルウェーは氷河によって地表が深くえぐられ,緯度が高いために植生も悪いので,地下深部の岩石を新鮮な状態で観察することができます).その過程とは,(1)地殻の深部(~20km深度)において,破壊によって岩石を構成している鉱物の粒径が著しく減少する,(2)破砕された部分にH2O 成分に富んだ流体が侵入し吸水変成作用が起きる,(3)破砕・変成作用によって形成された細粒鉱物が粒径依存型クリープにより変形する,というものでした.岩石の塑性変形は,構成鉱物の粒径に依存し粒界におけるすべりや拡散に律速された変形である粒径依存型クリープと,依存しない粒径非依存型の転位クリープ(結晶内の転位のすべりによる変形)に大きく分けられます.粒径依存型クリープは転位クリープに比べて数桁程度粘性率が低くなるため,粒径依存型クリープで変形している塑性剪断帯は周囲に比べ桁違いに大きく変形します.このような過程によって起震断層の深部延長が粘性率の低い塑性剪断帯となり塑性歪みを蓄積する過程が内陸地震の発生過程において重要であることが明らかとなりました.

     注1) 応力を加えると,それに比例して歪む性質のことで,応力が取り除かれると歪みはゼロとなる.

     注2) 応力を加えると,永久歪みが生じる性質のことで,応力と歪み速度に比例関係がある.

図:ノルウェー北部に発達する塑性剪断帯の偏光顕微鏡写真.下1/3が塑性剪断帯で上2/3が母岩の斑れい岩.母岩中の白黒の鉱物は斜長石で,黄褐色の鉱物は輝石であり,これらは著しく破砕されています.剪断帯は細粒(10-20μm)の斜長石や角閃石から構成されており,流動変形の様子が見て取れます.

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